このホームページで、公開当時から続けている「停車駅(えき)」のコーナーでは、仕事などで行った場所の停車場をご紹介しております。
数枚の写真とともに「停車場(えき)」に収めてありますので、お時間のある方はぜひご覧ください。ローカル線にある田舎の小駅をご覧頂けば、ふと、懐かしいような気持ちになったりするかも。
今月のひとりごとは、その「停車場(えき)」から。白河駅を。
風の強い日ではあったが、車内は春の日差しいっぱいで国道4号線を南下し白河に向った。市内を通り南湖公園から巨大なショッピングゾーンを左右に見て住宅地を視察。住宅地は開発が進み、山ふもとまで住宅地である。
白河市の人口は約4万8千人を越え、5万人に到達しようとしている。ここ数年は毎年、一年間に約5〜6百人の増加で福島県南部の中心部である。昔から蕎麦の美味しい所で有名だったが、現在は「白河ラーメン」が幅をきかしている。東北新幹線が通過した時に「新白河駅」が出来て、まるで横浜のように白河駅は「新・旧」に分かれた。そして新駅の周りが区画整理され、商業施設が競うように出来上がった。当然、「旧」白河駅の方は寂れ始めた。しかし今回行ってみたら、又、昔のような賑わいも出てきたようにも感じられる。それは平成6年、小峰城の復元が大きく左右しているに違いない。何と言っても城下町は城で持つ。こちらの駅前も区画整理され、駅は昔のままのモダンな三角屋根に丸い時計が特徴。駅舎の中も天井に古さを感じるが、鉄筋で補強され何度もペンキを塗りなおし元気の様子。改札からホームまでは線路の下「地下道」で案内するが、プラットホームの基礎は石垣である。城下町らしいなぁと、なにか自然に嬉しくなる。丁度、下り線に列車が入り、急いで駆け上がると風が強い。見送った風景に三層の小峰城が飛び込んで来た。ふと、ホームの石垣は城を守る外堀の石垣の様に感じられた。
この小峰城はかの「戊辰の役」で落城したのだが、会津や二本松の史跡を見ると約130年前の「戊辰の役」がまだ影を落としている。現在行われている世界各地の内戦はもとより戦いの憎悪は、建物の残骸と人の命と共に史跡に永久に刻まれ後生に必ず残るのだ。戦争にいかなる理由もない。
2004.3.11 |