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日々、刻々と変化する社会情勢。政治・経済・生活・地域情報など、ジャンルを問わず社長が感じたことを掲載しています。
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2004年5月のひとりごと
母の日と山
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緑の日から始まったGWもあっと言う間に終わり5月も中旬。いよいよ山菜採りの時期を迎えました。ですが日曜日たびに雨になり山にも行けずただただ薄緑のミンクの毛皮を敷き詰めた山を想像しただけで、もう居たたまれず、ストレスが飽和状態であります。
この山菜採りも昔からの趣味だった訳でなく、渓流釣りに夢中になっていた時は、山菜の「さ」の字も判らず、目の前に貴重なる山菜があっても多分踏みつけていた筈です。その釣りも体力不足と相棒が忙しくなると同時に自然に行かなくなり、3年前から家族全員の趣味で山にピクニック感覚で山菜採りに行くようになりました。山は毎日変化しており、新たな発見を見つけては大喜びして、食べることの出来る新芽を探して歩きます。山に入ると大正14年5月に奥会津で生まれた母を山に放します。母の放牧です。母の歩きは平地ではスムーズでなくとも、山では水を得た魚の如し、小枝にしがみつきながら崖を上下する姿はまだまだ若く素早く見えなくなり、捜すのに一苦労。一昨年の母の日に山都町の黒森山でワラビ採りをして母が行方不明になりました。山頂を中心に2時間も捜しましたが見つからず、終に消防団にお世話になる気持ちを固めていた頃、はぐれ母は道に迷い一人下山。途中でカモシカの親子を見学しながら、たどり着いたのはふもとの蕎麦屋さん。理由を告げその蕎麦屋さんの店主に山頂まで送って頂き、事なきを得たことがありました。蕎麦屋さんの運転する車窓からにこやかに手を振って皇室のように登場した時の複雑な安堵感を私は生涯忘れる事はありません。
「 母の日に 母見失い母捜し 声で捜せど目はワラビ」
最初の1時間位、母を捜して大声を出していながら、ワラビ採りに夢中になっていた私は親不孝者でしょうか。今でも母はその時の長靴を履くと足が痛くなるそうですが、山に入ると時間の感覚がなくなるのか、暗くなっても決して「帰る」とは言いません。日曜日には早朝から起きて楽しくオニギリを作っている母に「今日は雨で無理」と告げることはガン宣告に似た感覚です。父母が揃って元気だから山にも行けるのです。大正10年生まれの父は山に行かなくとも、母に怒られずに自宅の庭で晴れ晴れと高い所に上がり植木の世話をしています。高齢化時代、好きな事に夢中であれば若さは保たれます。その手助けは息子の責任であると思っています。
今月の「ひとりごと」は、私が中学生の時に浴衣や反物縫いで家計を助けながら、その縫い賃料からわずかでも国民年金を納め、現在は5万円位の年金を頂き、ささやかな年金で暮らしている元気な母の年金問題にふさわしい?そして、物語にあるような良い孝行息子の手本のような話でしたね。
2004.5.18 |
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