四季の移り変わりは確実に到来するもので、お盆が過ぎたら朝夕の涼しい風に虫がざわめき、その鳴き声は秋を誘い、郊外を車で飛ばせば、道端にお月見になくてはならないススキが知らぬ間に出現して往く夏を恋しがるように手を振っております。
8月末に弊社役員である両ケンチャン(昨年9月・社長のひとりごとを参照)と、いつもの3人旅をしてきました。福島から13号線を北上して山形県白鷹町の「あゆ茶屋」でお昼。日本一のヤナバにはまだ、落ち鮎の姿は見えず時期尚早でありましたが、運転手(若輩の私)以外は鮎の骨酒を飲みながら、鮎の塩焼き・鮎ご飯・鮎の子持ち田楽・鮎の刺身とあゆ三昧の優雅な食事。最上川の川面から吹く風に乗って、この魚の別名である 香魚の名前通り、爽やかな匂いが辺りに漂います。鮎のもう一つの別名は年魚と言い、その一生は春の遡上から秋の産卵と、わずか1年でその生涯を終えるのです。 お二人方がほろ酔いになり軽く寝息をたてている間に上山市に出て蔵王の山越え、寒い山頂付近では酔い覚ましのリフトでお釜見学。そして目指す旅館は蔵王の山々に抱かれた秘湯の湯で峩峩(ガガ)温泉です。ここの宿は宴会・カラオケ・団体はお断り!これには3人とも大変に気に入りました。都会の喧騒から逃れ、日頃の疲れきった心身を温泉で癒し、静かにゆっくりした夜を・・と考えていましが、やはりアテネが気にかかり夜遅くまでテレビを見てしまいました。あんな山奥まで行って、俗世間から脱却できない煩悩だらけの私。(相田みつを調)残念!切腹(ギター侍調)。
今年は台風が数多く日本を直撃、上陸し、日本全土に被害を及ぼしています。半世紀前と比較しても天気予報はかなり正確になり、報道もリアルタイムなのに、避ける事のできない突発の風水害や洪水は別にしても不注意などで多くの人達が死傷しています。今も非常に大きい18号が接近中です。十分に気をつけて被害が無いようにいたしましょう。
昭和29年9月26日に北海道と本州をつなぐ青函連絡船「洞爺丸」を直撃した台風15号から今年はちょうど50年目になります。私はその当時、会津田島町本町にあった「ひかり保育所」の可愛いらしい保育園児で、その日は保育所の運動会でした。雨が止んだり降ったり、風でテントが飛ばされそうになり、仕舞には保育所の中で行ったのを昨日のように覚えています。
洞爺丸の遭難とは、青函連絡船が強風の為に函館港内で乗客を乗せたまま長時間待機し、その後風が弱くなり晴れ間も見えたために「出航可能」と判断され、乗員乗客1334人と貨車・客車合わせて12両を乗せた連絡線が岸壁を離れた直後に天候が急変して強風と高波のために浸水・貨車の転倒でバランスを失って座礁・横転して死者・行方不明者は1175名を越える犠牲者を出した事故です。あの「タイタニック号」の犠牲者1513名に次いで世界2番目の大海難惨事でした。この台風は後に「洞爺丸台風」と呼ばれ、日本海上で最も発達して時速100Km・最大956hP a で、もっぱら強風により被害は日本全土に及びました。
現代のような正確な情報と、なによりも人名を尊重する判断があれば、未然に事故は防ぐことは可能です。この事件はだんだん風化しつつあるような気がしてここにあえて紹介いたしました。この事で、年輩の方にお話しをお伺いしましたら、「暑い夏と、台風のあたり年は、大きな地震があるから気を付けないと・・・関東大震災の時もそうだった様だ」と言っておられました。そう言えば昨夜(5日)、近畿地方に大きな地震がありました。
魚ヘンに占うと書いて鮎。鮎は香り良く、美味しく、形も良い。昔、人はこの魚で何を占ったかわかりませんが、こんな地震や災害の占い・予言は絶対に当たりませんように。
2004.9.6
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