一月始まりは、3日に伯母が他界したとの電話連絡で穏やかだった空気が一変した。
伯母は父の姉で齢、満97歳。2月には98歳の誕生日を迎える寸前であり、享年99歳いわゆる白寿の年であった。昨年の秋にお会いしたときは、耳も達者で、誰にも迷惑をかけずに健康であった。残念なことであるが大往生だった。なかなか100歳まで生きる事は大変なことである。
正直に言えば、憂鬱な事はそれだけでなく、父の実家の場所である。山形県西村山郡朝日町という豪雪地帯である。折りしも、大雪の被害情報が毎日でており、テレビのテロップにも「豪雪の情報」が流れていた。私は、自分に言い聞かせるように意を決して「親父行くか?」の声をあげた。
途中、福島西インターと、飯坂インター間が通行止めになっていた。ラジオのニュースでは奥羽本線も赤湯付近で不通だったらしい。普段は約2時間30分位の行程が倍の時間が掛かってしまった。この時期は父母だけで行こうとしても行くに行けない場所である。
5日には葬儀に参列するために又、山形道を往復し雪の「笹谷トンネル」を通り抜けた。この日は天気が良く青空が出ていた。
仕事始めは6日からだが、これより3月末までは例年のことながら「無休」となる。がんばれ体力!
13 日には、娘の通う県立高校の「調査・広報委員会」の今年第1回打ち合わせ。3月1日の卒業式までには、PTAの会報紙を発行する予定のために学校へ足を運ぶようになる。
19 日には、宅地建物取引業郡山支部の「新年会」がホテルハマツで開催された。と同時に、郡山 21 世紀経済クラブの「新春大型セミナー」が隣の部屋で開催された。私は、郡山 21 世紀経済クラブの事務局をしており、しかたなく真ん中に居て、どちらの方にも「挨拶」をしていた。
セミナーは6時からダイユーエイトの浅倉社長が講師で、「ダイユーエイトの限りない挑戦」との講演を依頼していた。講演は大盛況で200名を越す「会員」や「一般市民」が聴講に来てくださった。講演後に開催された交流パーティでも 80 名の方が残ってくれた。郡山 21 世紀経済クラブ(異業種交流団体)の各役員の方々とは、このセミナーを成功させる為に昨年から何度も集まり苦労を重ねた。開演になり、大入り満員ともなれば、主催者として一番安堵した瞬間である。
月末は、友人が集まり「新年会」を開催する。今年の合言葉は「ロマン探しの奥紀行」現代版イザベラ・バードらしい。
2006.1.28
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