また、耳になじまないカタカナの新しい言葉が出た。「ラニーニャ現象」と言う私にとっては新語どころか発音ができない言葉である。気象庁が6月 11 日に、太平洋赤道域の海面水温が中部から東部にかけて低くなる「ラニーニャ現象」が 5 月から発生しているとみられると発表した。 10 月ごろまで続く可能性が高いとの事。同現象が発生した夏は太平洋高気圧が強くなり、東・西日本で気温が平年並みか高く、東・西日本の太平洋側と南西諸島で降水量が平年並みか多くなるという。
よく分からないが、今年の夏は猛暑らしい。今日も30度を越す気温で暑い一日であった。
6月2日に郡山 21 世紀経済クラブの先進地視察研修で宮城県名取市のダイヤモンドシティを見学した。SCの事務所で、担当マネージャーから説明を受けた。仙台空港の近くで何も無かった平野を開発し住宅を作り、街を造った。
敷地15万8千u、延床面積11万7千uの地上4階の建物だ。三越とジャスコがキーテナントに入り、170の専門店が同居している。さらには、3900台駐車できる駐車場の7〜8割りは福島ナンバーと訊いて、また驚いた。基本商圏は半径10km・43万人であるらしいが、福島県からの顧客は、嬉しい誤算であることは間違いない。今年2月28日にオープンした。研修旅行は更に松島に行き有意義な一日を堪能した。
次の日は仕事の日曜日となり、朝の新聞から日課が始まったのだが、大槻町の相楽貞夫さんの訃報が載っていて驚いた。3月に病気であることを知りお見舞いに福島医大に行った。相楽さんは、元気にベットから起きていて、そして筆談であったが会話も交わした。言葉は出なかったが耳は大丈夫だった。別れ際に握手をしてきたが、その温かさと力強さに「今度は大槻の自宅で会う」ことを確信し、元気で再会を約束したのだった。享年84歳とのこと。残念の一言につきる。
昭和61年にお会いしたのが最初で、その後土地の賃貸借契約を行い、弊社は賃借人となり土地を貸して頂き、8区画の住宅地として開発を行った。そうしてお付き合いが始まった。当該地は区画整理地内で、周りにはヨークベニマルやカワチ・ユニクロなどが出店し、その他医療施設などがあり発展している充実の街である。相楽さんは、詩吟や旅行などの趣味をお持ちになり、優雅な方だった。
6月15日の福島民友の1面「編集日記」に日大工学部教授である矢部洋三さんが編集された「大槻町最後の名主 相楽半右衛門伝」と言う本の事が載っており直ぐに民友新聞社に問合せをしてその本を入手した。389頁に及ぶ素晴らしい本であった。まだ読み始めたところだが、16世紀の頃には現在の大槻小学校の場所に大槻城があり地図を見ていると、その城郭に相楽宅があった。相楽家は代々名主を務め、近所のお年寄りの方は今でも尊敬の念を込め「おやかっさま=おやかたさま」と呼んでいる。相楽家がそのような家柄なのは、うすうす知っていたが、もっと早くからこのようなことを真剣に学べばよかったと悔やむ。そうしたらもっと相楽さんから学べたのに・・と。 合掌
2007.6.16 |