長く続いた寝苦しい熱帯夜の季節が終わろうとしている。そして、秋の夜長に虫たちの登場。明け方まで彼女を呼び合う音色を奏でる恋の季節。小さな体だが、どこかの総理みたく途中でへこたれないすごい体力と声量。
四季には、それぞれの色があり、また音がある。戸外に出て散歩すると、五感全てに季節を感じる。秋は日暮れが早く、寂しいが過ごし易い季節である。
8月末に、新潟から初めて北陸道を走った。と言ってもお寺(冨田山西光寺)が主催する永代供養が目的で、貸切バスに檀家宗徒さんとの旅である。途中、7月16日に発生した中越沖地震の被害地を通る。テレビで見た仮設住宅もブルーシートに覆われた家も見えた。高速道路は復旧を急いでいるが、バスは大いに揺れた。
山肌に添うように作られた吉祥山永平寺は1244年に道元禅師に開創され日本曹洞宗の出家参禅の道場であり、広大な敷地は10万坪とのことであった。控え室で待たされた後、修行僧の案内で階段や勾配のある長い廊下を進み、法堂(はっとう)に正座をして時を待つ。80余名の修行僧がいずこから集まり、我々のために声を揃えお経が始まる。腹からの低い声は、380畳の広いお堂に響き渡る。このように多くの修行僧(雲水さん)の団体を一度に見ることは二度と無いかも知れない。なんだかありがたい。
吉祥山永平寺に掲げられた、「吉祥山五則」は次のように書かれていた。
1.われら共々に、仏子としての正信に目覚める
2.われら共々に、行持を怠らず節度を守る
3.われら共々に、報恩を旨とし温かい心で人に接する
4.われら共々に、水道、電気をはじめ物の扱いに気をつける5.われら共々に、心平静にしてそのところに落ち着く
行持とは、仏教の言葉であろうと勝手に拝察し多分、修行の事と理解したい。
3〜5は、われら衆生にも通ずることであり特に、心平静にしてそのところに落ち着く、とは意味深い言葉である。全て宙ぶらりんがいけないのだ。落ちる所まで落ちれば怖いものはない。心静かにしてからの行動が必要であると教えてくれた。
2007.9.14 |