只見線の会津川口駅を過ぎると、ここからは奥会津と私は勝手に思っている。川口駅から先の路線は、田子倉ダム建設の為に本格的に建設されたようにも聞いている。 40 年程昔の話だが、冬期間の豪雪は雪崩が危険で、時々不通になっていたようだ。
只見駅の開札を出ると、左手に蒲生山が出迎えてくれる。形の整った山である。
駅前の旅館をみながら右の方に目をやると、田子倉ダムが小さく見える。
昭和 32 ~33 年頃だろうか、叔父に「 あいべ 」といわれて、一緒に仕事現場に行ったことがあった。それが田子倉ダムであった。すでに半分以上出来ていた頃で、おそろしく巨大なコンクリートの壁であった。「仕事終わったらむかいにくっから、 にしゃ おとなしくしてろ・・・」と言われ、現場の奥の方で魚釣りして、 ひして 叔父の帰りを待った記憶がある。なんとものどかなその頃であった。しかし魚には でっかせね かった。田子倉ダムは、昭和 35 年( 1960 年)に完成している。その頃が只見町の人口のピークで今の倍の人口だった。なんせ田子倉ダムの建設に携わった人は延べ 300 万人といわれている。
現在の只見町の人口は5637人。只見川と伊南川の合流地域である。浅草岳などの登山口でもある。私の母の実家は只見町下福井にあり、私は小学生時分、夏の炎天下にも毎日のように伊南川に出て、箱メガネを覗きながら、片手にヤスを持ち、カジカ捕りをした懐かしい思い出の地である。「 しなた 、また きゃれ 」と背中に祖母のやさしい言葉が良くて又、只見に行きたくなる。
【只見方言】
あいべ・・・行こう
にしゃ ・・・お前
ひして ・・・一日
でっかせね ・・・出合わない
しなた ・・・あなた
きゃれ ・・・来て下さい。








