2005.10.05
安子ヶ島駅
只見町の叔父が郡山市内の病院に入院した。母が「梨をお見舞いに持っていくから安子ヶ島に連れてって」と言う。梨が安子ヶ島にあるという事自体、興味なく知らなかった。国道49号線を走ると、確かに安子ヶ島駅の49号線側に JA 郡山市梨共同選果場があった。
買い物をした後、磐越西線を渡り駅の正面玄関に出て写真を撮った。安子ヶ島の地名は「子安」に似ており安産などの由来かも・・と漠然に思っていたが、どうやら人名かららしい、源頼朝の平泉征伐で恩賞として伊東氏がこの地を治め、その伊東氏の支流に阿子島治部大輔祐高が居て築城した。1589年に伊達政宗に攻められ、祐高は城を捨てて会津に落ち延びたと言うことである。今度は、その城跡を訪ねてみたい。
前から思っていたが、郡山と伊豆半島とのつながりである(鎌倉幕府か?)。伊東氏のことが、大槻町にある春日神社に記されてあり、「熱海」や喜久田町の「伊豆」の地名が同じであることはその証と思うが、郡山の歴史文献に見たことが無い。明治以降の久留米藩や鳥取藩の入植のみ記されているだけだ。
田園地帯にある安子ヶ島駅は正面玄関を背にすると左側に町が形成され、直進すると安子ヶ島小学校で、その先は本宮と磐梯熱海を結ぶ県道に出る。

2005.10.02撮影







